記憶の記録

旅の記憶を記録しています。

5.何もない島(沖縄・八重山)

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何もないが気持ちのいい風景がある。波照間島にて

 2019年4月末、異例の10連休の初日に僕は神戸空港にいた。普段は閑散としている空港だが、この日の人の多さは異常だった。チェックインカウンターの前には人だかりができ、保安検査場も列をなしている。航空券や宿代が高いGWや正月などは旅行に行かないので、普段の神戸空港ではなかなか見られない光景だった。

 

 片道3万円近くもする航空券(帰りは8千円で取れた)を握りしめ那覇へ向かった。近頃安い航空券が多いことは嬉しいが、こういう時は非常に割高に感じる。5月の沖縄はもうすっかり夏だった。石垣までの乗換に少し時間があったので、スーツケースを持った人々で混在しているゆいレールで街中に出て、ちゃんぽんとルートビアでお腹を満たした。4ヵ月ぶりの沖縄である。まちを取り巻く緩やかな空気が心地よかった。夕方、混雑する那覇空港から石垣に向かった。

 

 八重山の島をめぐってみたかった。カベルナリア吉田さんの「沖縄の島に全部行ってみたさ―」という本を読み、那覇の沖縄と島の沖縄は全く別の時間が流れているように感じた。石垣空港から街中までバスで30分、車窓からは深い緑の木々が移り行き、夜の暗がりの中でも亜熱帯にやってきたことを感じさせてくれる。初日は離島ターミナルから歩いてすぐのところにあるゲストハウスに泊まった。石垣の繁華街は決して規模は大きくないが、それなりに観光客でにぎわっていた。メンガテーというスナックのような店でママが作る八重山そばで腹を満たし、サマーグラスというこの街に似合わないくらい洒落たショットバーでジョニ黒を飲み、眠りについた。

 

 翌日、早朝のユーグレナ離島ターミナルでポークたまごおにぎりを頬張りながら船を待った。早朝のターミナルは思ったほど人はいなかった。雨が降る中、竹富島へ向かった。片道15分という速さで島に着いた。早朝の竹富島は静まり返っていた。まだ街が眠っているような雰囲気である。小雨が降る中、誰もいない集落を歩いてみた。石垣は作られた景観だと黒島で出会った沖縄好きのおっちゃんが言っていたが、オレンジ色の瓦屋根、サンゴでできた石垣、綺麗に手入れされた家屋の植栽、道に敷かれたサンゴの砂や水牛の観光車に至るまで、全てのものが景観を構成していた。確かにこれだけ素晴らしい景観は努力して作らなければ得られないだろうと思った。1986年に制定された竹富島憲章という住民同士での取り決めがある。土地を売らない、島を汚さない、美観を乱さない、家や自然を壊さない、文化を生かす。この5つを基本理念として、住民たちは長くの間この景観を守ってきたのだ。

 ひととおり集落を回り終えとたころで、住民のおばちゃんから雨が上がったねと話しかけてきた。竹富島に泊まるのかと聞かれたが、宿がいっぱいで泊まれなかったというと、少し残念そうにしていた。竹富島では、石垣島からの近さもあって、日帰りで少し滞在して帰ってしまう人がほとんどらしい。そういった客は風紀を乱す人が多いのだと何かの文章で読んだ。いろいろと苦労しているのである。

竹富島から離島ターミナルに戻り、午後一の便で黒島に向かった。2週間前、竹富島波照間島の宿を探していたが、予約が遅すぎたこともあり、離島の宿はほぼ埋まっていた。唯一この島で1件の民宿に空きがあった。「みやよし壮」今夜の宿である。船着き場に着くと、宿の主人が宿泊客を迎えに来てくれた。どうやら、今日の宿泊客は3人らしい。僕と同年代くらいのさわやかなお兄さん、50歳くらいのよく日に焼けたおっちゃんである。宿に着き、部屋に案内された。古びた和室は少し湿ったにおいが漂い、くたびれた畳に寝転ぶと眠ってしまいそうな心地になった。

 

 主人に自由に使ってもいいですと言われた、壊れていると言っても言い過ぎではない自転車で島を回ってみた。天気はすっかりと快晴になり、集落を出ると青い空と一面に広がる草原の緑が出迎えてくれた。事前に調べていると、黒島は何もない島だった。実際に回ってみたが、本当に何もない島だった。島はほぼ平坦である。産業も貧弱だったことから、牛の養殖という道を選び生き残っている。辺りは草原と牛、この風景が延々と続く。島の中央に展望台があったので登ってみた。一面の草原と青い空が見渡せ、ぼーっとしているだけで時間が過ぎていきそうな場所だった。そこに1人でぼーっと景色を眺めている女性がいた。

 「何もない島ですね」話しかけてみた。すると女性は、はっとこちらに気づき「何もないところがいいんですよ」と笑顔で答えた。この景色に満たされているような笑顔だった。

 その後、展望台から桟橋に向かい、島を一周した後、船着き場に向かった。すると先ほどの女性がレンタサイクルを返すところだった。また会いましたねと女性が船を待つ間少し話した。東京の人だが、沖縄の島をよく巡るらしい。ゴールデンウィークも9日間八重山に滞在すると言っていた。色んな島に行き、ゆっくりときれいな海を眺めるのが好きだという。そう語る女性は、沖縄の島で流れる時間と綺麗な海にまるで恋をしているような表情で話してくれた。そこまで好きになれる場所があり羨ましいなと思った。

 

 女性を見送り、黒島研究所でウミガメと触れ合った後、宿に戻り、部屋で寝転んだ。すでに日は傾きかけており、赤く染まった西日が部屋の中に差し込んでいる。年季の入った部屋と優しい光が疲れた体を包み込んでくれる。夕食の時間まで少し休息をとった。

 夕食は1階の食事室で18時からだった。少し早めに食事室に行き、冷蔵庫からオリオンを取り出し飲んでいた。この宿は冷蔵庫に大量のビールが入っており、取り出した分だけ冷蔵庫に張られた紙に「正」の文字で数を記入していくのがルールだった。オリオン1本200円、ほぼ原価だと思う。するとさわやかなお兄さんがやってきて、オリオンで乾杯し、食事を待った。さわやかなお兄さんは年に何度か2週間程度の長期休暇があり、色んなところを旅しているらしい。旅行好きには理想的な職場だなと思った。次によく日に焼けたおっちゃんがやってきた。同じくオリオンで乾杯し、食事を待った。日に焼けたおっちゃんは年に1度、嫁や子供を置いて、一人で八重山に来るらしい。八重山が完全に自分の居場所になっているようだった。主人が腕を振るった食事はどれもおいしかった。刺身やゴーヤチャンプルー八重山そばまで、地元の料理を楽しんだ。食事の後、今回の旅について3人で語り合いながら、無料で飲んでいいと言われた泡盛を飲んでいた。だいぶ酔いが回ってきて心地よくなってきたころ、急に玄関の扉が開いた。すると短パンにTシャツ、サンダル姿で、サンタクロースのように真っ白なひげを生やしたおっちゃんが入ってきた。見たことのない人だなと思ったら、冷蔵庫からノンアルコールのオリオンを取り出し、僕たち3人の横に座ってテレビを眺めだした。誰だこの人は…3人ともそう思ったに違いないが、自然と会話が生まれ、近くに住んでいるおっちゃんだという事が分かった。よく考えれば、この島には宿泊客以外、近くに住んでいる人しかいない。つい最近まで入院していたらしく、まだノンアルコールなのだという。白ひげのおっちゃんを交えて飲み進めていたところ、今度はサングラスをかけた白い長髪のおっちゃんが泡盛の四合瓶を片手に握りしめて入ってきた。白ひげのおっちゃんの退院祝いに来たらしい。3人とももう慣れていたが、この民宿は完全にこの人たちの日常的な酒盛りの場になっていた。酔いのせいで詳しく覚えていないが、サングラスのおっちゃんは半年はスキー場で、半年は八重山で暮らしていると言っていた。都会での生活が合わないらしい。途中から店の主人も加わり、合計6人の酒盛りになった。とにかく、島の人は陽気でおおらかだった。そして何もないこの島での生活を楽しんでいた。都市で暮らすことで生まれる様々なしがらみやストレスとは無縁の笑顔で、人間らしいなと思った。

 11時頃だろうか。だいぶ酔いも深くなってきたころ、近所のおっちゃん2人組が帰っていった。そして日に焼けたおっちゃんと、星を見ようと外に出た。集落にはいちよう街灯があったが、宿から1、2分歩くだけで辺りは深い闇に包まれた。そして空を見上げると、満点の星空が広がっていた。星が降り注いでくるという表現はこういう時に使うのだろう。都会では絶対に見ることができない景色。この島の人は毎日、この星空を眺めているのだと考えると、贅沢な暮らしだなと思った。

 

 次の日、宿で朝食を食べ、ユーグレナ離島ターミナルに戻り波照間島に向かった。天気は快晴、船から降りた後、南国風のおっちゃんに声をかけ原付を借りた。容赦なく降り注ぐ日差しを浴びながら何もない島を走った。あるのは絵の具のように青く綺麗な海と、見晴らしのいい道、青々と茂った緑だけである。島を1周し、共同売店で泡波を買い、港で海を眺め、ぼーっとしていた。1冊の本を思い出した。「パパラギ」というタイトルの本である。文明を持たない南の島に住む少数民族の村長の立場で、西欧の文明社会を痛烈に批判した作品である。


都市での生活に慣れ親しんだ身にはなかなかイメージが難しかったが、今なら文明を持たない生活の良さが少しわかる気がした。高度な文明が必ずしも人間を幸福にするとは限らないと改めて思った。

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雨上がりの竹富島、日が差し込み花々が輝いた。

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牛ばかりの黒島、この景色が延々と続く

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黒島での宿「みやよし壮」いい味が出てます。

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疲れた体に心地の良い部屋だった。みやよし壮にて

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息を飲むほど青い海、波照間島にて